甘い恋飯は残業後に



和個室は、一気にまた静まりかえった。


「万椰さん……」

隣にいた水上ちゃんが、心配そうにわたしの名前を呼ぶ。


――だめだ。

「……ごめん、ちょっと」

わたしは立ち上がり、近くに置いていた鞄を掴む。人の横を通り抜け、襖を開けた。

確かめずに来たけど、彼はもう店の外に出ていったようだ。声はまったく聞こえてこない。勢いよく立ちあがったのに、また席に戻るなんて、そんな間抜けなことにならずに済んでよかった。


「桑原」


わたしを呼んだ声が誰なのかは、すぐにわかった。わかったけど、振り向けない。

「……すみません」

その人に聞こえたかはわからないけど、十分声は出ていたと思う。わたしはそのまま後ろ手で襖を閉め、店の外に出た。


あの場に居続けられる程、わたしは図太い神経は持ち合わせていない。きっとみんなだって、わたしの扱いに困る。


< 152 / 305 >

この作品をシェア

pagetop