甘い恋飯は残業後に
店を出たら何かしらの感情が溢れてくるかと思ったのに、わたしは至って冷静だった。
――いや。冷静というより、真っ白に塗りつぶされた中にいるような感覚だ。
わたしは暑さを振り払うように、風を切って歩く。
真っ白な世界の中を。
「桑原……!」
後ろからわたしを呼ぶ声がした。さっきと、同じ声。
まさか、追いかけてきたなんて。
「桑原!」
後ろから腕を引かれ、バランスを崩す。よろけた拍子に体が後ろを向いた。
見れば、眉間に深く皺を寄せて、難波さんがわたしを見ていた。
走ってきたようなのに、まったく息は切れていない。さすがサッカーをやっているだけはあるな――なんて。
わたしは、やっぱり冷静だ。
「……どこに行くつもりだ」
低い声が、わたしを問い詰める。
「仕事思い出したんで、会社に」
「嘘つけ」
難波さんはわたしの言葉にかぶせ気味に言う。
「……何で、嘘だって決めつけるんですか」
「嘘だとわかるからだ」
このままじゃ埒が明かなそうだ。
「……叔父さんの店です」
正直に言うと、難波さんはひとつ、はぁ、と息を吐き出した。