甘い恋飯は残業後に


難波さんの後について部屋を出ると、隣はすぐにリビングだった。ソファーを見ればクッションが肘掛あたりで不自然にひしゃげている。

難波さんはゆうべここで寝たんだろうか。そもそもどうして、わたしは難波さんの家に泊まったんだろう。


「これ使え。洗面所はその扉出て右だから」

難波さんからタオルと洗顔料を受け取る。洗顔料は難波さんが言っていたとおり、たしかにメイクも落とせるものだった。旅行用のミニサイズ、ということは、“その人”は頻繁にこの家に来ている訳ではないんだろうか……?

わたしはもう一度さっきの部屋に戻り、自分のバッグから化粧品の入ったポーチを取り出して洗面所に向かった。最低限顔を整えられるものは持ち歩いているから、洗顔してもノーメイクになる心配はない。


洗面所は扉を出てすぐのところにあった。明かりをつけ、自分の顔を鏡で見て――愕然とした。

マスカラもアイライナーもウォータープルーフの筈なのに、泣いたせいか下瞼の辺りが黒くパンダ目になっていた。ファンデーションも斑に剥げているし、当然上瞼も少し腫れていて、これは人前に出ていい顔ではない。


――こんな酷い顔を見せてしまっていたんだ。

容赦なく現実を突きつけられて、へこむ。


もう一度目を瞑ったら、すべてなかったことになればいいのに。

でも、残念ながらこの世界はそんな都合のいいようには出来ていない。


< 170 / 305 >

この作品をシェア

pagetop