甘い恋飯は残業後に


「桑原、何やってんだー?」

リビングからわたしを呼ぶ声がした。


「は、はい、今行きますっ」

「変なことしてんじゃないだろうな?」

「してません!」

彼の笑い声が聞こえてきた。いつものようなやり取りに救われる。わたしは二度程深呼吸してから、バッグを拾い上げてリビングに向かった。


ソファーの前のテーブルには既にコーヒーが用意されていた。挽き立ての豆の香りが鼻をくすぐる。

「熱いから気をつけて飲めよ」

「……いただきます」

わたしは難波さんの顔を見ないようにして、カップを手にした。

コーヒーを口にする。丁寧に淹れたとわかる味がした。おいしい。

もうひと口飲んで落ち着いたところでふと、わたしは肝心なことを聞いていないことに気がついた。


「あの、そういえばわたしどうして……」

「どうして俺の家に泊まったのか、だろ?」

「……はい」

気まずいこともあって、尚更顔を上げられない。取りあえず手にしていたコーヒーカップに視線を落としてごまかす。


< 178 / 305 >

この作品をシェア

pagetop