甘い恋飯は残業後に
「……あ、美杉……ああ、ちょっと待って、今場所移動するから」
――“美杉”
ふいにその名前が聞こえて、心臓が嫌な音を立てた。
背中が冷えていく。
わたしはすかさず、ワインを喉に流し入れた。
そんなことしたって、嫌な音は消えない。背中は温まらない。
当たり前だ。お酒は万能な薬じゃないんだから。でも今まで、わたしはこうやって逃げてばかりいた。今日だってそうだ。
何の解決にもならないのに……。
「……ねえ、叔父さん」
わたしはお客さんの見送りからこちらに戻ってきた叔父さんを呼び止めた。
「何もしないで目の前で奪われるのと、結果して失うのなら、どっちがいいと思う?」
「はあ?」
叔父さんは怪訝そうな顔をする。
「じゃ、たとえばサッカーのレギュラーだとして」
わたしが例を出すと、叔父さんは「ああ」と納得した声を出した。
「そりゃあ、全力でレギュラーになる、だな」
「それじゃ答えになってないよ」
叔父さんは眉根を寄せて、わたしの隣に腰掛けた。
「あのな。最初から失う気でいたら、得ることなんか出来ないだろーが。もうその時点で気持ちで負けてるだろ。俺なら全力でレギュラーを勝ち取ったら、もう誰にも譲らない。奪われてたまるかよ」