甘い恋飯は残業後に
「放してください……っ」
思いきって大声を出したつもりだったのに、実際には力の無い声になってしまった。
通り過ぎる人達は皆、見て見ぬ振りで素通りしていく。
仕方ない、か。わたしだってこういう場に遭遇したらそうするだろうし。
……何にせよ、どうにかしてこの手を振りほどかなくては。
「――何やってるんだ」
もがいていると、低い声が背後から聞こえてきた。
「お騒がせしてすいませーん。痴話喧嘩ですから、ほっといて下さい」
退路を塞いでいた男が、軽い口調で答える。
わたしは、肩を掴んでいた男に口を手で塞がれてしまった。
「……痴話喧嘩だと?」
この声は――やっぱり。
「警察に突き出されたくなければ、今すぐ去れ」
「ああ?」
男達の顔つきが変わる。今にも殴りかかりそうな形相だ。
「そこにいるのは、俺のツレだ」
その瞬間、怯んだのか、口を塞いでいた手が外れた。
「難波さん……!」
わたしが名前を呼んだのと同時に「お巡りさん、こっちです!」という声がどこからか聞こえてきた。さすがにまずいと思ったのか、男達はわたしを解放して逃げていく。
すぐに警官らしき人物と、もうひとりの男性がこちらに近づいてきた。何とその警官は本物ではなく、たまたまイベントか何かで警官のコスプレをしていたようで、それを利用して一芝居打とうとしてくれたらしい。
機転を利かせてくれた彼らに深く感謝して、わたし達はその場を後にした。