甘い恋飯は残業後に
「お、早かったな」
わたしが『Caro』に着いたのは、八時ちょっと過ぎ。
言われていた時間より三十分以上も早く到着したのに、難波さんは既に着替えて、店のカウンターに入っていた。
「難波さんこそ随分早かったんですね。開店は九時半、ですよね?」
昨日も思ったことだけど、やっぱり難波さんはオフィスにいる時よりも、ここにいる時の方が生き生きしている気がする。それ程『Caro』が好きなのだろう。
「少し離れていたせいで腕が鈍ってたから、練習させてもらおうかと思ってな」
「練習って……コーヒー淹れるのを、ですか?」
「そう。そもそもここのスタッフに淹れ方を教育したのは俺だからな。一番うまくないと、格好つかないだろう」
淹れる人によって、そんなに味に差が出るものなのだろうか?
「後で飲ませてやるよ。まずは着替えてこい」
ロッカー室に入る前、店長とすれ違った。今、ただでさえきついシフトなのに、難波さんに言われて早く出勤せざるを得なかったのだろう。彼も難波さんの被害者かと思うと、何となく同志的な気持ちになる。