甘い恋飯は残業後に



「お、早かったな」

わたしが『Caro』に着いたのは、八時ちょっと過ぎ。

言われていた時間より三十分以上も早く到着したのに、難波さんは既に着替えて、店のカウンターに入っていた。


「難波さんこそ随分早かったんですね。開店は九時半、ですよね?」

昨日も思ったことだけど、やっぱり難波さんはオフィスにいる時よりも、ここにいる時の方が生き生きしている気がする。それ程『Caro』が好きなのだろう。


「少し離れていたせいで腕が鈍ってたから、練習させてもらおうかと思ってな」

「練習って……コーヒー淹れるのを、ですか?」

「そう。そもそもここのスタッフに淹れ方を教育したのは俺だからな。一番うまくないと、格好つかないだろう」

淹れる人によって、そんなに味に差が出るものなのだろうか?

「後で飲ませてやるよ。まずは着替えてこい」


ロッカー室に入る前、店長とすれ違った。今、ただでさえきついシフトなのに、難波さんに言われて早く出勤せざるを得なかったのだろう。彼も難波さんの被害者かと思うと、何となく同志的な気持ちになる。


< 61 / 305 >

この作品をシェア

pagetop