甘い恋飯は残業後に
わたしは角を右に曲がり、とりあえず突き当たりのトイレに入った。この階はいくつかの会議室とホールだけだから、ここにはほとんど人は来ない。きっと五分もすれば、あの男も会議室から自分の部署に戻るだろう。
洗面台の辺りにもたれながら腕時計を見ていると、急に外が騒がしくなった。どうやら誰かがトイレに入ってこようとしているらしい。
わたしは咄嗟に掃除用具置き場に身を隠した。
「ってかさ、山西さんも顔を合わせなきゃいけないから気の毒だよねー」
「今日の“姫”の顔、見た? ああいうのを、自惚れてるっていうんだろうね。顔だけじゃなく私は仕事だって出来ますよ、的なオーラでさ」
ヒヤリと、背筋に冷たいものが走る。
“姫”というのは、わたしのことだろうか……?
「だって何て言ったって“姫”だもん、桑原様は。山西さん、ちゃんと誠実に付き合おうとしたらしいのにさ。やっぱ、自分にすべてを捧げるような奉仕男子じゃなきゃお姫様としては嫌なんじゃないの」
「やっぱり? 掃いて捨てる程男がいる人はいいよねー。たとえひとりふたりいなくなっても、美人はちょっと色目使えばまた新しい男が寄ってくるだろうし」
「中身はスッカスカだっていうのにね」