薬指の約束は社内秘で
定時後の女子更衣室は香水と化粧品の甘い香りが漂っている。
数時間前に出会った不愛想で毒舌な彼のことを同じ課で働く美希(ミキ)ちゃんに話すと、彼女はメイク直しの手を止めることなく教えてくれた。
「それって、経営統括室の葛城(カツラギ)さんですよ」
私より1つ年下の彼女は社内情報にやたら詳しい。
そんな彼女の話によると、彼はあの経営統括室でもかなりのやり手らしい。
性格はともかく、あの容姿だ。
もしかしたら失礼極まりないあの言動も、婚活女子に恐怖を感じるリアル体験でもあったのかもしれない。
(今思えばあの発言だって婚活話をしていた女子社員に、私が対抗心を燃やしたと勘違いをしたんだろうし)
一生独身で茶飲み友達もいない寂しい老後を過ごしてしまえ!
あんな呪いをかけて悪かったなぁと少し反省。
茶飲み友達はいる程度の寂しい老後を過ごしていいよ。
我ながら不気味な笑いを「ふふっ」と浮かべて呪いを軽減してやってから、扉に備え付けた鏡を覗き込む。
新色をチェックして予約購入したピンクベージュの口紅を唇に乗せていると、右隣から感心するような声が飛んできた。
「それにしてもっ、すごいです! あの葛城さんに目をかけられるなんて。さすが藤川(フジカワ)先輩ですね」
思わず口紅がよれそうになった。
「いや。それは、ちょっと」
これまでの話をどう変換したら、そういう話になるのか。
しかも毒舌だったと言っても、まったく信じて貰えなかったし。
それにしてもですよ? 顔がいいというだけで真実がねじ曲がってしまうなんて、納得いかない。
彼がおならを連発したと騒いでやろうか? いや、やめておこうよ私。
彼のファンにあらぬ噂を立てたと睨まれるばかりか、おならだって私のせいにされそうだって。