薬指の約束は社内秘で
マンションの近くまで来て、「ここでいいです」と運転手に告げる。
会計を済ませてタクシーを降りたら、この場所から少し離れたところにある喫茶店の扉が開くのが見えた。

扉を手で押しながら出てきた背の高い男性の姿にドクンと心臓が強く脈打つ。
「待って!」と追いすがるように彼を呼びとめた女性の姿に目が奪われた。

私と彼らを遮るようにそびえる街路樹が横風を受けて緑の葉をざわざわと揺らす。
歩みを止めた彼がゆっくり振り返り、冷淡な瞳が彼女を見つめた。

「これ以上なにを話す必要がある? もう会わないって決めたのは俺じゃない」

鼓膜に響く抑揚のない声。その声を私はよく知っている。

「そうだけどっ。私――」

いまにも泣きだしそうなか細い声も、私は――
目の前の光景をどう捉えたらいいのか頭が追いつかない。
指先から膝からスッと力が抜けていき、鞄が両手から滑り落ちそうになる。

震え出す胸に手を当てて、一度まつげを伏せてからゆっくり開く。
変わらない現実に打ちのめされそうになった。

扉から出てきたのは、葛城さんと愛美だった。

やっぱり二人は知り合いだったんだ。でも、いったいどういう関係? 
もう会わないって、いったい――……

この場所は彼らから死角になっている。
どんなに強く訴えたところで心臓がドクドクッと嫌な音を響かせるだけだ。

サラリーマン風の男性が無言で向き合う二人に、ちらちらと興味津々な瞳を向けながら通り過ぎて行く。
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