透明人間
 昇は微笑んで私を和まそうとしているようだが、それはまったく逆であった。私をさらに恐怖に陥れた。

 私は泣きつくように言った。

「ほんとに、ほんとに行かないで…」

「いや、決めたんだ」

 今の昇に何を言っても何も聞きいれないだろう。こうなってしまった昇にはどんなことがあろうと今の気持ちから変わることはないことを私は知っている。

 私は一人泣くことしかできなかった。もしかしたらその涙を通じて昇に伝えられるだろうと少し信じてしまいたかったからかもしれない。そうすれば救われると勝手に思い込んでいた。

 そして昇は外に出て、新しい自分の生活を探しに出かけた。

 私はまだ部屋探しかなんかで今の段階では出て行けないことを分かっていたが、その姿が最後のようで、さらに私に追い討ちをかけた。

 玄関からかすかに来る寒風が頬をたたいた。

 私は一人でいた。


 これから一生一人、と感じて、今度は私が引きこもっていた。こうしていればかすかな希望でも、昇が面倒を見てくれると思っていた。甘えたいと思う気持ちもあったが、帰ってきて欲しいという気持ちのほうが強かった。まあ、どちらにしろ、同じ事なのだが。

 しかしその可能性もなくなってしまった。昇は出て行った。アパートを借りて、必要な日用品を買って出て行った。しばらくの間、帰ってくることはないだろう。

 しかし三日坊主で帰ってくるだろうと推測した私は引きこもりを脱し、ひたすら昇を待った。しかしそれは一週間続き、やっと私は悟れた。

 私はそのおかげである意味生活に弾みをつけることができたが、一人でいる生活が苦になり、心が蝕まれていくのが分かる。今度は私の番だ。早く昇のように解決法を見出さねば私が壊れる。恐怖におびえながら生きる生活なんて嫌だ。

 その日から、私は一生懸命に前向きになろうと努力をした。しかしこれではだめだと分かっていた。結局は緩和させようとしているだけだ。やはり私には誠也しかいないと思った。
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