透明人間
「あーあ、今日も疲れた」

 今日も変わらず、偏見な目で見られて苦痛を十分というほど味わった。

「どうしたんですか。また何か言われたんですか」

 渋野は唇をなめて、鏡に向かって化粧の確認をしていた。

「いえ、別に…ただ今日も疲れたなって」

 渋野はここに来て二年目という。最初にここで友人になった人で、他の人に比べて人と関わるのに、唯一抵抗がなかった人物でもあった。顔立ちもよく、どちらかというと美人で、私よりも五つも年下であるが、私よりも仕事の能率がはるかにいい。覚えもよく、性格もいい。ここにいるのが申し分ない人材である。なんでこんなところにいるのだろうか、と顔を見るたびに思う。一流の会社にでも入れたであろう。あえて言うなれば、唯一の欠点は少々自己中なところと毒舌ぐらいであろう。

 私は渋野が化粧を終えたことを知り、一声かけた。

「今日はどこかにお出かけ?」

「まあ、そうです。彼とちょっと」

 渋野は満面の笑みだ。

「お疲れ様」

「お疲れ様でした…そういえば、今日、彼が大事な話があるって言ったんですが、何だと思います?」

 渋野はドアノブを握り、ドアを半開きにしたまま立っていた。最近、渋野は私にそういう相談や話をする。付き合って二年目という。私が既婚者で、人生の先輩であるという理由なのだろうか。他にもそんな人はこのフロアだけで二十人はいるだろう。

 私は思いついたことを渋野に話した。

「もしかして、デート先は高級なレストラン?」

「え…なんで分かるんですか…」
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