透明人間
 もし、今、ここに誠也がひょっこりと現れたら、私はどんな行動を起こすだろうか。幻影を見たんだと誠也から目をそらすであろうか。思いっきりひっぱ叩き、激怒し、睨みつけ、最後にこの胸いっぱいに血が止まるほど抱きしめるだろうか。もしそうしたら、映画のように上手い具合に涙が出るだろうか。昇にすぐ連絡できるだろうか。そして昇はすぐに仕事を放り出して飛んでくるだろうか。

 しかし実際にはそんなことはありえない。それは映画の中だけの話。私は再び現実を見つめ始めた。

 昇のように仕事をしていると忘れはしないが、昇の気持ちも分かってくる。あの時はこんな気持ちだったんだ、みたいに。確かに仕事に打ち込むことで寂しさを紛らわすことができる。悲しいことだが、これが人間の本性であろう。

 人には夢中になれる一つのことが大切だと思う。そうすれば私みたいに崖に近づかなくてすむ。

 しかしそんな私に手を差し伸べる、一つの事件が、勤めているデパート、近辺の店で起こった。


「もうそろそろこの仕事に慣れたでしょ。明日から夜勤にも回って頂戴」

 その一言から始まった。私の人生が大きく揺れ起こったのだ。

 勤めが一番長い女性は一番機嫌悪そうに控え室を出ていった。

「なんか嫌な感じですね」

 その場に霧生は居合わせていた。霧生は嫌悪感を顔に丸出しに、周りに私以外誰もいなかったからいいものの、私は苦笑いで答えた。

「そんなことより、明日から夜勤って何?」
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