夢見るきみへ、愛を込めて。

しばらく思い出そうと試みたけれど結果は明らかで、エアコンを切り、密閉された部屋の空気を入れ替えようとバルコニーへ向かった。


待ち構えていたみたいに冷たい空気がリビングへ流れ込む。すぐに吐息が白に染まり、思考がクリアになっていくのが分かった。


何時だろう。遠目に車のライトは見えないから、深夜なのは間違いないけど。

ふと、バルコニーから階下のゴミ捨て場へ目を遣った私は息を呑んだ。

腕時計をしていることを思い出し、時刻を確認すれば深夜2時を回っている。バイトで終電を逃した日だとしても、とっくに帰宅している時間だ。


「なんでまだいるの……」


あの夜、名も無い関係は終わったものとばかり思っていた。

けれど自称ストーカーは次の日も、その次の日も、私の前に現れた。マンション近くのゴミ捨て場のそばで丸まって、私の帰りを待っていた。


正直、気味が悪いと思った。無視しても、無視しても、律儀に服を着替えてどこからかやってくる。たまらず声をかけてしまいそうになる時もあったけれど、期待させても困ると踏みとどまった。そのうち諦めるだろうと思った。

それなのに彼は『おかえり』と返ってこない返事の続きを待ち続けている。凩のひどい夜だって、氷点下の夜だって、しんしんと雪の降る夜だって。寒さなんて感じてない風な笑顔で、幾夜も。


今日なんて、いったい何時間待っているんだろう。いつまで待つ気だろう。


「……勘弁してよ」


ありえない落胆をこぼす羽目になったのは、私と彼の頭上で雪がちらつき始めたせい。


まるで捨て犬を見て見ぬふりするような気分になるまで、時間はかからなかった。
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