夢見るきみへ、愛を込めて。
「逢いたくないって言ったはずです」
ばっと顔を上げた彼の髪の毛が湿っている。牡丹雪のせいだろう。
およそ1週間ぶりに話しかけた私を見上げる瞳は、らんらんと嬉しさを光らせているように見えた。
「うん。言われたけど、」
「自分は逢いたかったから、なんて言わないでくださいよ」
「……んん、」
喜色満面から一変、頭を垂れた彼は言葉に詰まり、代わりの言葉を探している。
実直というか、なんというか。
服だって本当はどうでもいいのに、やっぱり今日も替えて来ている。カーキ色のモッズコートは頻度が多いせいか、ずいぶん見慣れてしまった。
つまり私はあの夜と同じくらい、もしくはそれ以上に、きちんと言わなくちゃいけない。
まだ言葉を探している様子の彼から目を逸らし、一言一句、間違えないよう息を吸った。
「あなたのことを知りたいって思えません」
双眸が自分へ向けられたのを感じても、言い切ることを優先した。
「どうでもいいんです。あなたが私に逢いに来る理由とか、興味ありません。関わりたくもないし……だから、こうやって待たれても、迷惑なんです」
それだけをもう一度、伝えたかった。あの夜、私は彼の返事を待たなかったから。たとえ拒まれても、聞き入れてもらうつもりで出向いた。
「そっか……」
視線を外されたのが分かる。言葉や気分が沈んだことも。
なんて息苦しい。
雑多な感情を整理したくて、空を仰いで肺いっぱいに空気を吸い込みたくなる。だけどきっと成果は得られない。これは、向き合わなきゃいけない問題だ。ふたりで話さなければ解決しない。
彼が私に何かを望んでも、叶えてあげられないし、聞く気だってないのだから。
いっくんだけを想い続ける私は、お父さんも、司さんも、きっと翠だって、傷つけてきた。この人だけは例外、なんてことはありえない。