歌舞伎脚本 老いたる源氏

冥府5

朱雀 そのあとは存知よう。すべて順風満帆。一日も早く帝位を譲って
 出家したかった。わしは政治に向いとらん。おなごもじゃ。ただただ
 娘たちのことだけが気がかりで。

源氏 柏木が早死にしたのです。
朱雀 おお二の姫の婿殿。
源氏 そうです。一度の契りもなく。
朱雀 それはあまりにかわいそうじゃ。何ゆえ?

源氏 その原因が女三宮様。
朱雀 なんと、おぬしの正室にやったのに。
源氏 柏木に寝取られました。
朱雀 なんとおろかな。
源氏 しかもすぐに身ごもってしまったのです。
朱雀 ああ、なんたることじゃ。

源氏 三の姫君は私があまりに冷淡にするので兄上に泣いてすがって尼になられました。
朱雀 そうじゃ、急じゃった。そういうことがあったのか。
源氏 この秘密は夕霧にだけには打ち明けました。夕霧は柏木が死ぬとき、二の姫を
 よろしく頼むと言われたそうです。

朱雀 わしの二の姫を夕霧に。
源氏 今は夕霧の正室です。
朱雀 そうか、それはよかった。これでわしも成仏できる。最後の最後まで源氏すまぬ。

(暗闇から朱雀院の気配が消えていきかけます。そこに遠くから女の声が聞こえてきます)

朧月夜 朱雀院様。朱雀院様。
(殿二人の影に唐衣の影加わり)
朱雀源氏(同時に)朧月夜!

朧月夜 これはこれはお二人お揃いで。その節はいろいろとお騒がわせ
 いたしました。これからも院とともにあの世で幸せに寄り添ってまいり
 ますので、決してお邪魔なさらない様にお願いいたします。

(二人手を取り去る影。手を振りそれを見送る影)

                         第五幕 幕 つなぎ
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