聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
水位はどんどんあがっていく。一匹残らず倒すために。

しかしセラフィムはその効果のほどを最後まで見届けることができなかった。

彼の体から力が抜け、それに合わせるように彼の髪が髪先から黒く染まっていく。それはすべての星麗の力を使い果たしてしまった証拠であった。そして、今までのように水の中で自在に呼吸ができなくなることを意味していた。

セラフィムは水面へ顔を出そうとしたが、今までのように片腕だけで自在に泳ぐことがもうできなかった。セラフィムは黒髪をうねらせながら、水中へと没していった。

死を、予感していた。

―構わない…。フューリィの笑顔が守れるなら…。

セラフィムが目を閉じようとした時だ。

華奢な腕がセラフィムの体にかかり、一生懸命に水面へと引き上げた。

「…フューリィ…?」

宝玉を持って避難しているはずの、愛しいフューリィの顔が間近にあった。

その顔は怒っていた。

「セラフィム様のばか! 無茶ばっかりして! どうせ、僕の笑顔を守れるなら、死んでも構わないとか、思ってたんでしょう!」

「…………」

「セラフィム様が死んだら、僕はもう二度と笑わないから! だから」

フューリィの顔が泣き顔になる。―笑顔を守りたいのに、また泣かせてしまったのか。

「だから一緒に生きてよ、セラフィム様」

その時セラフィムの力が完全に失われ、光の壁がパリーンと澄んだ音を立てて砕けた。

聖なる水があたり一面に一挙に流れ、水位が急激に下がる。

二人は気が付くと、濡れた地面の上に倒れていた。

魔月たちは残らず死に絶えていた。

その死の海の中で、セラフィムにしがみつくフューリィの健やかな息遣いがかけがえのないものに感じられた。

その笑顔を守るためには、自分が必要なのだとセラフィムははじめて知った。共に生きなければならないのだと知った。

それは……喜びだった。

「一緒に………」

セラフィムはフューリィを抱きしめた。

「一緒に生きたい、フューリィ」

この時セラフィムの頬を一筋こぼれる水滴があった。

それは、涙だったのであろうか?

フューリィの懐から宝玉が転がり落ち、ぽう、と光放つ。そのまま宙へと浮かび上がっていく…。
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