聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~

その日の深夜。

半月の陰の部分が、星の見えない暗い空にいっそう黒々とする夜。

植物園の緑に軽い足音を響かせる、人影があった。

人影は闇夜に匂いたつようなグミの木の前でその足を止めた。月光を照り返す金髪が、夜風にそよぐ。―パールである。

パールがしばらく腕を組んで夜風に吹かれていると、足音もなく一匹の黒い豹の魔月がそろそろと忍び寄ってきた。

「御苦労さま」

パールは冷たい笑みをその頬に貼り付けて、豹の頭を撫でる。

人をだますなど、わけもない。誰かに見咎められても、いつもの笑顔を浮かべてちょっと夜風にと言えば疑う者はいない。だからこんなにも堂々と聖なる王国の王宮の敷地内で、こうして魔月と交信することができる。

植物園のグミの木の下は密会に都合がよかった。立地的にもパールに与えられた賓客宮殿の部屋のすぐ近くであるし、果実の放つ匂いを目印にしやすいからだ。

「この報告の手紙を、ライト様に」

豹の背に手紙を括りつけると、豹はしなやかな動きで身を翻し、闇夜へ溶けるように消えていく…。

満足げにその姿を見送るパールの目の前を、熟れきったグミの果実がぽろりと落ちる。

パールは何気なくそれを目で追うと、足を持ち上げ、思いきり踏みつけた。

赤い実は、つぶれれば、血のように見える。

パールは血が恋しかったのだ。
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