シーソーゲーム
 私はその場にミズを残して、早く階段を駆け下りた。

「どうなの。リョウは」

 リョウはまだ寝転がっていた。時々うめき声を上げて、その声が私にも克明に伝わってくる。

「アズサか。いや、ちょっと、大変なことになってきてな」

 ミズキはリョウの横に座り、刻に眉間にしわを寄せていた。時々乾いたタオルを水にぬらして額に乗せていた。

 リョウの顔を覗くと、顔が赤い。そして苦しそうだ。

「まさか…熱?」

「ああ。そうみたいだな…きっと、痛みと疲れと雨にやられたんだろうな」

 そういえばリョウを運ぶ時、リョウの体が火照っているように思えた。あれは思い違いではなく、本当に熱があったからなのか。

「大丈夫なの?」

「ちょっと熱がが高いようだけど、死ぬわけじゃないし、大丈夫だろう」

「でも…苦しそう」

 いくらなんでも、衰弱しきっているように思えた。しきりに小刻みに震えていた。

「着替えっか。な」

 ミズキはリョウのバッグから着替えを取り出し、リョウの体を起こし、上半身の着ているものを脱がせた。

 私はそこに居合わせていた。だが、別に恥ずかしくなるような光景には見えなかった。

 ミズキは丁寧に体を拭き、服を着させて、再びリョウを寝かせた。

「あ、そうだ…カレーどうなってかな…やばいだろうな」

 こんなにもミズキが頼もしく見えた日はない。私の目には家事ができる家庭ママに見えた。

「私が、リョウ見てるよ」

「…そうか?頼むよ」

 ミズキはそこを去った。扉が閉まる音が聞こえた。

 音という音がなくなり、室内は閑散となった。リョウの激しい息継ぎが、部屋を熱くしている。宙を舞うその空気は空中分解されているように中和され、この部屋に馴染む。

 リョウと二人きりになった。その事実を私は受け止めていた。しかし上にミズがいることを忘れていた。

 リョウはいたって苦しみ、一向によくなる形勢ではない。

 こんな状況でありながら、私は落ち着いていた。リョウの額に触れ、確かに熱いのを確認する。自分でもこんな状況に置かれて穏やかな気持ちでいられたのが不思議だった。

 しかし時間は経るものである。

 ちょっとだけならいいだろう。今だけなら。
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