シーソーゲーム
「はい。これ使って」

「え…いいのか?お前も濡れてんじゃん」

「うん、大丈夫。私、タオルも持ってるから。それに…この前のお礼」

「…そうか、ありがとな」

 私はポケットに突っ込んだまま、その会話を聞いていた。そしてその手からハンカチを取り出し、照れながらミズキに渡した。

「これ、使いなさい」

「いいのか。ありがと」

 こんな会話より、もっと気になることがあった。この前のお礼、とは何だろうか。何をしたのか。

 リョウは岸と話し始めた。自分の席に座って、私を無視するように、壁を作っているように見えた。

「これ、ありがとな。洗って返すから」

「いいわよ、別に」

 私はミズキからハンカチを奪い取るようにとった。ボーっと二人の会話に耳を傾けていた。リョウの声質は、私と話している時とは違う。私と話す時は大抵、同じトーンで、比較的、暗い。それに顔色一つ変えずに、ミズキとはまるで正反対だった。

 何でこうなるのか分からなかった。ルイとリョウが仲良くなっていくのが、嫌だ。

 すると、さっきまで滝のように降っていた雨が急に上がった。通り雨のように、雲はさっと引いていった。

 今の私は、立ち上がってトイレに行くことしかできなかった。


「雨、降ってないね」

「おお。グラウンドが湖だな」

 朝早くから上がっていたにも関わらず、朝の勢いは水溜りとしてその被害を表れている。

 ミズキは今日、家庭諸々の事情で、先に帰った。岸は掃除当番で、教室を離れていた。

 これはチャンスかもしれない。

「ねぇ。今日、用事ある?」

「何だ何だ?この前みたいに、またどっかに行きたいとでも言うんじゃないだろうな」

「いや。私、今日、バスで来ちゃったからさー。乗せてけって思って」

「まあ、いいが。別に用もないし」

 私たちは教室を後にし、私はリョウの荷台に乗り、リョウはペダルをこぎ始めた。

 私たちは特に話すことがなく、学校、駅、踏み切り、商店街を早々と通り過ぎた。ここまで何も話していない。一言もだ。何か話そうと思うと、思うように声が出ない。羞恥心がそうさせていたのだった。

 ついに土手に差し掛かった。夕陽は流れる川の上で、自由自在に踊っていた。
< 8 / 214 >

この作品をシェア

pagetop