私と彼と――恋愛小説。
彼の背中を見送って私も腰を上げた。直ぐに短いメッセージが届いた。


〈カヲルの正体は編集長以外には話さない事!〉


佐久間が何を条件にするのかは分からないけれど従うしか無い。


それにしてもショックだった。本当にあの男の書く小説に心を揺さぶられていたのだ。


同年代の女性が書いているからこそ、共感出来るのだと思い込んでいた。


三十路の女の焦りや、将来に対する不安や捨て切れない理想と現実…


きっとそれが〈カヲル〉の心情そのものだと感じる事が私の琴線に触れているのだと思っていた。


それが今…佐久間に会った事で、騙されたとすら思ってしまう。


彼と同年代の男を思い浮かべる。うちの会社にだって腐る程いるけれど、とても私の…いや私と同じ年代の女の心情を理解出来るとは思えない。


そうして考えれば、あの男の才能は悔しいけれど本物なのだ。
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