誘惑~初めての男は彼氏の父~

***


 「あの時は、心が凍りついた。・・・まさにそんな感じだったよ」


 「ごめんなさい・・・」


 「いいんだ。いつか来るかもしれない日に備えて、心の準備はできていたから」


 「・・・」


 未だにあの夜のことは、胸に針が刺さったような痛みを伴う記憶として蘇ってくる。


 酔いが回り、気持ちが大きくなった佑典が、私と和仁さんの仲を問い詰めてきた。


 その後体を重ねても、完全に冷静さを取り戻したわけではなく。


 ベッドの上から和仁さんに、半ば絡むように電話を掛けて私とその時していたことを知らしめた。


 「甘い記憶のまま家に着いたら、あいつからの不在着信に気が付いて、かけ直したところ・・・。今理恵と寝ている、だなんて言い放たれた」


 思わず苦笑する和仁さん。


 「ごめんなさい。その場の雰囲気で逃れられなくて・・・」


 「気にすることはない。そうでもしないと佑典は引き下がらなかっただろうし・・・。あの時は相当酔っている声だった。冷静さを失っていたのだろう」


 あの夜から、だいぶ時間が経って季節も変わった。


 今となればもう、だいぶ昔のことのような感覚になってきたけれど。


 「電話越しに佑典に気取られないか、ハラハラだったよ。僕がどんなに嫉妬していたかを」


 そう述べた和仁さんは、背中から私を強く抱いた。
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