誘惑~初めての男は彼氏の父~
 春の夜明け前の薄紫の空の下、ひたすら走り続けた。


 不思議と涙は出なかった。


 ショックで全ての感情が吹き飛んだのかもしれない。


 ・・・なぜショックなのだろう。


 佑典が私の噂を隠していたから?


 何も知らないのは自分だけだったなんて、恥ずかしくてたまらないから?


 内村さんの思惑通り、佑典が踊らされてしまったから?


 二人のキスを目の当たりにしたから?


 逃げることを放棄して、佑典の前に姿を現したことにより・・・全てを露見させてしまったから?


 あの時もしも隠れていれば。


 いや、姿を見られたとしても、「サプライズで卒業祝いをしようと思って、ずっと待っていた」などといくらでも嘘はつけたはず。


 (かなり不自然ではあるけれど)


 でもできなかった。


 もうどうでもよくなってしまった。


 なぜキスしているのを見ただけで、何もかも投げやりになるくらいにショックなのだろう。


 私はこれまで、何倍もひどいことを陰で平然と続けてきたにもかかわらず。


 佑典の優しさに甘え切っていた罰なのだろうか。


 立場が逆になって見ると、胸が張り裂けそう。
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