恋ごころトルク

「クランクはちょっと無いから、駐車スペース白線に添ってやってみようか」

 光太郎さんは鍵をあたしに投げて寄越した。手に金属の冷たさが感じないのは、つなぎのポケットに入っていたからだろうか、エイプのエンジンかけておいてねと言って、ショップの倉庫らしきところへ入っていった。エンジン……鍵を渡されたけど、これ、ここで良いんだっけ? 差し込んで回す。そうだ、キック始動なんだった。半月前に初めて乗ったものだから、もうなんだか記憶が無い。スタンドがかかっていることを確認して、跨る。キックペダルは、これだよね。ええと……キック!

「ん……」

 なんだ、何事も起こらない。もう1回、キック。スカッ。あれ? なんで? エンジンかからないんだけど。キック、キック、キーーーックゥ!!

「は?」

 なんだよかからないよ。自動車学校のバイクはキュルルンっていう可愛い音でブオンとかかるのに。なんだよなんだよー!

 更に数回キックしてもエンジンは静かなまま。なにこいつ、光太郎さんが居ないとエンジンかからないわけ? ちくしょうめ!


「どした?」

 いつの間にか後ろに、真っ赤なパイロンを抱えて戻ってきた光太郎さんが居た。躍起になってキックしてたのを見られてたね……。自分のお尻の大きさを呪う。自動車学校の帰りだからパンツスタイルだし。ブツブツ。

「エンジンがかからなくて……」

 言いながら、またキックした。かからない。

「あー……ごめん」

 パイロンをゴツンと地面に置くと、エイプの横に手を伸ばした。

「ここに、これね、このコックを捻らないとダメなんだ。燃料をエンジンに送るコックなんだけど、フューエルコックって言う」

「え?」

 ふゅーえる? ちょっと専門用語過ぎてよく分からないけど、バイクの仕組みの問題か。あたしのキックが悪いのかと思ってた。

「これキャブ車って言ってね」

「きゃぶしゃ……?」

 あたしはエイプを降りて、光太郎さんの隣に立った。ちょっと汚れた長い指が摘むコック。

「ここのコックをこう、長い方を下にしてONにしないと、燃料がエンジンに行かない。だからエンジン動かないんだよ。キャブってキャブレターのことなんだけど、エンジンにタンクから燃料吹き付けるやつのこと。反対に、キャブじゃないのは、フューエルインジェクションって言うんだ。電子で制御されてる。キャブ車、インジェクション車。前者をアナログ、後者をデジタルっていうと分かり易いかな」

 あたしのポカンとした顔を見たからか、光太郎さんは苦笑いして「難しいね」と言った。ああ、もっとあたしに知識があったなら。切ないわ。光太郎さんのこの話についていけるのに。正直、なにを言ってるのか分からない。異国の言葉ね……きっと。



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