この幸せをかみしめて
「タレ目は否定しませんけどね、もう、プー太郎じゃないですよ、俺」

そこだけは、断固として否定しますよと、腕を組んでキリリと口元を引き締めた哲也に、公子は目をしばしばさせてから、のん気な調子で尋ね返した。

「プー太郎っていうのはよお、なんなんだあ?」
「公子さん。知らないで使っているんですか?」

呆れ混じりの声でそう言う哲也に、公子は「仕方ないだろ」と開き直った。

「オレが、言ったんじゃねえんだもん」
「はいはい。まりぼうですね。……まあ、働かずプラプラしてる男ってとこですかね」
「ならぁ、プータであってるだろが」

哲也のその解説に、公子はなにも間違ってねえだろうとでも言いたげな顔で哲也を見た。
その視線に、哲也はたじろぎながらも「いやいやいや」と反論した。

「今はちゃんと働いてますから。昔の俺じゃ……」
「今日はパン屋はどうしたんだ? もう、辞めたんかあ?」
「水曜は定休日でしょうが。辞めるわけないでしょう」
「なーにが、定休日だ。貧乏人はなあ、毎日働けー」

お飯、食えなくなるぞぉと続いた公子の言葉に、哲也は顔をくしゃりとさせて「公子さんには敵わないなあ」と、こめかみを掻いた。

「確かに、貧乏人ですけどね。それも否定できませんけどね」
「まっ昼間から、いい年した男が、こーんなとこで、のほほんと酒なんぞ飲んでえ。全く、いいご身分だなあ」
「これが、休みの日の唯一の楽しみなんですよ。勘弁してくださいって、もう」

面倒くさそうに顔をしかめる哲也に、勘弁ならんと公子は言い、そのまま哲也を叱りつけていった。

「だいたいなあ、お前がぁ、こんなとこでぐうすか寝てるから、まりぼうが困ってんだぞ」
「だから、どこの子ですか、そのまりぼうって?」

さっぱり判りませんと眉を寄せる哲也を見て、ホントに知らんのかと公子は大げさに驚いてみせた。

「まりぼうは、この村で、いま一番、ホットなニュースだろうがあ」

世間知らずメと哲也を笑う公子に、哲也はますます訝しげな顔つきになっていく。

「ホットなニュース? なんですか、それは」
「そうだよお。結婚してねえ、若い娘っ子が、敏三と喜代子のとこに来たんだよお」

村内の地図を頭の中に展開して、敏三さんって、この先に住んでる山本さんのことだよなという答えを出し、その正誤を確かめるように公子に 「……山本さんのとこ?」と問いかけた。

「そうだ。孫娘なんだとよ」
「へえ。なら、香奈ちゃんの従姉妹?」
「そっだ。麻里子って言うんだ。香奈子より、若いぞお」
「へえ……、それがまた、なんで、こんな田舎に」
「怠け者過ぎて、都落ちしてきたんだよ」

公子のその時代掛かった言いように、哲也は思わず吹き出した。

「公子さん。今時、都落ちって……」
「東京から来たんだぞ。都落ちだろうが」

なんも間違ってねえとと胸を張る公子に、哲也はただただ笑いながら、去っていく後ろ姿を思い返して、都落ちのまりぼうかと呟いた。
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