この幸せをかみしめて
―晩ご飯は三人で食べような。
―一緒の家にいて、朝も昼も夜も別々は寂しいよぉ。

麻里子がこの家に来た日。
喜代子が麻里子に望んだことは、ただそれだけだった。
それが喜代子の望みならばと、麻里子はその言葉に従って、夕飯だけは必ず、祖父母が揃うのを待って並べることにしている。
その時間、わいわいと喋っているのは敏三と喜代子だった。
麻里子はただ、ぼんやりとそれを聞いているだけだった。

だが、今日は不測の事態が起こった。

「麻里子ぉ。明日よ、プータのとこで食パン二つ、買ってきてくれぇ」

鶏の手羽肉と葱や白菜、きのこ類に豆腐。
そんな具材をたっぷりと入れた水炊き鍋がでんと置かれた食卓を、敏三と喜代子、麻里子の三人で取り囲み、いつも通りの夕飯時を迎えていた山本家の居間で、喜代子が唐突にそんなことを言い出した。

金曜の夜のことだった。

いい出汁が出ているスープを啜り飲んでいた麻里子は、喜代子のその発言に盛大にむせ返った。
そのせいで、汁が変なふうに気管に入ったらしく鼻の奥がキンキンと痛んだが、けれど、そんなことを気にしている場合ではなかった。

「な、なんでっ それを」

知っているのと、そんな問いかけの言葉が口の先まで出掛かったが、脳裏に公子がにんまりと笑う顔が浮かび上がり、あのくそばばあと、麻里子は再び、その胸中で口汚く公子のことを罵った。

けれど、喜代子は予想外の人物の名をあげた。

「和夫(かずお)から、聞いたんだよぉ」

犯人は公子と決めて掛かっていた麻里子は、なんでお隣さんがと眉を潜めた。

隣の家は、祖父母と息子夫婦、孫が一人という家族構成で、麻里子の住んでいた新興住宅街ではあまり見かけることのなかった三世代同居という家だった。
その孫もすでに成人し、町役場に勤めて、今度の六月には結婚することになっている。
挙式後は、敷地内に母屋とは別に建てている家で新婚生活を始めるのだと、喜代子と公子が話していた。
そう遠くない未来に、その二人の間にもおそらく子どもも生まれることだろう。
そうなれば、四世代が暮らす家になる。
すごいなあと、その家族構成に麻里子はただただ感心した。
そんなお隣さんは、この家と同じ山本姓を名乗っている。
喜代子の言う『和夫』とは、息子のことだ。
息子と言っても、もう四十とうには超えている。
もとはこの家と同じで、先祖代々農業に従事していたようだが、和夫はその家業は継がず、長距離トラックの運転手をしている言う。
だからなのか、普段、あまりその姿を見かけることはなかった。

その和夫が、どうして『タレ目のプータ』の一件を知っているのか。

麻里子には、それが判らなかった。
眉間に皺を寄せたまま固まってしまっている孫娘に、敏三はくつくつと肩を揺らした。

「この村じゃ、そんな話は、あーっという間に、広まるからな」

もう、香奈子の家にだって届いているぞと、不思議がっている様子の麻里子に、敏三は当然のようにそう言ってのけ、この村の年寄りたちの情報網を舐めるなと笑った。

(マジ? マジで?)
(恐るべし、田舎)
(マジで、恐ろしい、田舎)

麻里子はガクリと肩を落とすと、そのまま、ツヤツヤに炊けている白米を喉の押し込み、ややあってから「パン屋の場所、知らない」と、喜代子に訴えた。
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