レディ・リズの冒険あるいは忠実なる執事の受難
 マギーが戻ってきた時には着替えを終えて、鏡の前に座っていた。
 ぼうっとしながら、熱いコーヒーをブラックですすっている間に、マギーが髪を高い位置で結ってピンクのリボンでまとめる。

「パーカーさん、機嫌悪いんですけどどうしたんでしょうねぇ?」
「……さあ」

 理由はなんとなくわかってはいるけれど、マギーには言えない。

 朝食の席に降りていくと、マギーの言うようにむっつりとした顔をしているパーカーが出迎えた。

「おはようございます、お嬢様」
「おはよう。何か問題でもあった?」
「ございません……ああ、大陸から茶葉を摘んだ船ですが、入港が一日遅くなるようです」
「そう。そのくらいなら問題ないわね」

 パーカーが椅子を引くのを待って、腰をおろす。目の前に焼きたてのトーストが差し出された。

 食欲がない。それでも料理人の作ってくれたものだから、ともぞもぞと口に運んでいると玄関の呼び鈴が鳴った。

 様子を見に行ったパーカーが戻ってきた時には、彼の手に一通の手紙が握られていた。

「使いの者が持って参りました」

 レディ・エリザベス・マクマリー様と書かれた筆跡に見覚えはない。眉間に皺を寄せながらも、ペーパーナイフを使ってエリザベスは封をあけた。

「……何てこと!」
「失礼!」

 思わずあげた悲鳴に、パーカーは素早く反応した。エリザベスが許可を得る前に、彼の手が便せんを取り上げる。

『リチャード・アディンセルを預かっている。持ち去った品をお返しいただきたい。今宵二十二時、レクタフォード十五番地でお待ちする』

 差出人の名前のないそれは、確かにエリザベスを脅迫していた。リチャードとエリザベスの関係を知った上で。

「……お嬢様」

 パーカーの声がエリザベスを正気に戻す。

「お返しいただきたいって図々しいわね。もともとわたしの物なのに」

 エリザベスは口元をゆがめた。相手がその気なら、こちらにも考えがある。誰も巻き込むまいと考えていたけれど、先方が皆を巻き込むつもりならば、やるしかない。

「お嬢様、警察に連絡を」
「それは、だめ」

 エリザベスは表情を厳しいものへと変化させた。そうしていないと、自分自身が負けてしまいそうな気がしてならない。
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