ゆとり社長を教育せよ。
「……抜擢、ってほどのものじゃないよ」
そんな霧生くんを直視できず、うつむきがちに私は言う。
「そうか? でも、かなりの有名人ってのは確かだぞ。“あの時”のこと、酔った勢いで済ますんじゃなかったなーって感じ」
――ドキッ。まさか、その話を今持ち出されるとは……
「……その節は大変ご迷惑を……」
「はは、お互い様だろ。じゃ、今日はよろしくな」
ぽん、と私の肩に手を置いて、会議室の中へと進んでいく霧生くん。
今日は涼しいし、この部屋はチョコを溶かさないためなのか空調だって効いているのに、スーツの上着を着ていない彼の逞しい背中にしばらく見入ってしまった私。
ここ数日男運が悪すぎるせいか、中身がちゃんと誠実だとわかっている彼のことがなんだか素敵に見えてしまう。
でも、確か霧生くんにはカワイイ彼女がいて、結婚間近だったはず。
パッと見、左手の薬指に指輪はなかったみたいだけど……って。
やだ、何考えてるんだろ私。そろそろ本当に社長のこと呼びに行かなきゃ!
私は廊下に出て、突き当たりのエレベーターホールを目指す。
加地社長のことだ。試食したって「おいしーね、コレ」くらいの感想しか言わなそうで、開発部の人たちをガッカリさせるんじゃないかと思うとヒヤヒヤする。
だから試食会に出る前に、少しだけでも食レポ的なこと指導したいと思ってたのに、時間足りないかも……
そいういう時に限って、なかなか来ないエレベーター。
霧生くんに会って少し浮ついてしまった自分を反省しつつ、今は社長の教育が最優先! と気合を入れ直し、私は到着したエレベーターに急いで乗り込んだ。