ゆとり社長を教育せよ。


「はぁぁ……」


金曜日の夕方。

ひとりきりの秘書室に、私のため息がさみしく響く。

週末の仕事終わりがこんなに憂鬱なんて、社会人生活初めてよ。


――明日はとうとう社長とのデートの日。

少しは真面目に業務をこなすようになった彼は、今日一日特に仕事以外のことを口にする素振りがなかった。

だから、あわよくばデートの約束を忘れてくれていれば……と思っていたんだけど。


定時を過ぎ、私が社長室を去ろうとすると『ちょっと待って下さい』と呼び止められた。

振り向くと、デスクのところに座ったままの彼が眩しいくらいのゆとりスマイルを向けてきてこう言った。


『明日のこと、あとで連絡しますね。何時ごろなら電話しても平気ですか?』

『……別に、いつでも』

『そっか。じゃあ九時ごろにします。その時間はお風呂に入らないでくださいね?』

『……はい』


いちおう返事はしたものの、なんだか社長の顔がうまく見れなかった。

どうしちゃったんだろ、私。やっぱり昨日変な夢見たせいかな……


そんなことを考えながら少しだけ残っていた事務仕事を終わらせると、私は秘書室を出た。

すると、廊下の向こうから知った顔が歩いてきて私に向かって軽く手を上げた。



「あ……霧生くん」



私が立ち止まると、小走りで近づいてきた彼が廊下をキョロキョロと見回し、誰もいないことがわかるとこう耳打ちしてきた。


「……このフロアに来るのめっちゃ緊張するな。すぐ高梨に会えてよかった」


そっか。普通の社員はここより上の、役員専用の階に用はないもんね。

それにしても会えてよかったってことは、何か私に用が……?


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