ゆとり社長を教育せよ。
「え……?」
「今日は家に帰るのたぶん危ないです。送った後で高梨さんになにかあったらいやだし」
「で、でも」
「どうせ明日も会う予定だったんだから、ちょうどいいじゃないですか」
確かに、明日は会う予定だったし、今夜このままひとりの部屋に帰るのは正直、怖かった。だけど、彼の家にお邪魔するとなると、今度は別の意味で問題がある。
前に料理を作らされに行った時とは明らかに違う自分の気持ち――それを自覚したうえで社長とひと晩一緒にいるなんて……
私が黙りこくっていると、社長が心底不思議そうに聞く。
「……あれ? いつもみたいな反論は?」
そうよ。ひとことも言い返せないなんて、どうしたの、美也!
自分にそう言い聞かせても、何も言葉が浮かんでこない。
しばらくそうしていると、見たことのある景色が視界に入ってきて、前に一度来たときと同じように、車は地下の駐車場へと入っていく。
慣れた動作で駐車を済ませ、エンジンを切った社長は、未だいつもの勢いが戻ってこない私の顔を覗き込んで言う。
「よっぽどこわかったんですね……一緒に寝てあげましょうか」
ああ、そっか。言い返せないんじゃない。
きっと、私も、そうしたいから……
「……うん」
「なんて。嫌ですよね。高梨さんがイエスって言うわけが――――って」
シートベルトを外していた彼の動作が一瞬止まり、シュルシュルと元の位置にベルトが吸い込まれていく。
……そんなにびっくりしなくても。
いや、するか。いつもヒステリックな秘書が、急にこんな風になったら。
でも、怖いんだもの。そして、他の誰でもないあなたに、守って欲しいから……
「冗談……って言うなら、今のうちですよ。そうだな……三秒待ちます」
急に真剣な顔つきになった社長は、そう言ってカウントを始めた。