死が二人を分かつとも

「カカカカカカ!」

それを好奇とした“犬”が牙を剥く。

「調子に乗るな」

相手の好奇、自身の危機。それでも彼は、動じず、まるで最初からこうなることを分かっていたかのようにーーブレザーを脱いだ。

脱いだブレザーを、左腕に荒っぽく、ギプスのように巻き付け、腕を牙の餌とした。

喉元に噛みつこうとも、その前に腕を出されれば自然とそちらが犠牲となる。

ギチギチと身の毛もよだつ音が彼の腕から聞こえる。いくらギプスのように厚くしたところで、あの牙前では腕(身)に届くまで数秒とかからず。

「死んでろ」

その“一秒”(時間稼ぎ)こそが、彼の真意であるとは、“犬”が水溜まりに叩きつけられたことで知った。

彼の腕ごと、地面を割らんばかりの勢いで躊躇なく。

水溜まりに落ちた“犬”は悲鳴を上げ、足をばたつかせようともがくも、彼の腕を咥えた口は開いたまま。彼が腕の力を弱めない限り立つことも出来ない。

「っ……!」

初めて彼が浮かべた苦悶の表情。
それは、水溜まりの飛沫が頬にかかった時に。

そこで、全ての合点がいった。
あの、水だ。

当たってないのに“犬”が痛がっていたのも、見えない風相手に応戦していたのも、あの水の飛沫が全てを可能とする。

斧を水溜まりにつけたのは、血を落とすからだと思ったのに。

決められた刃の届く距離を、住人にとっての凶器となる水で伸ばして。

視認出来ずとも、“襲ってくると分かっている”なら、四方に無数に飛び散る飛沫で対応してみせる。

下手な鉄砲も数打てば、当たるように。

それでいてーー

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