檸檬-レモン-


"レモン"には女性客よりも、男性客が多いと気が付いた。


カフェにしては、珍しいと思う。


確かに駅前通りはオフィス街で、商談に使ったりするにはシンプルで入りやすい。


そして、比較的静かな空間が落ち着いたりする。

お昼時の飲食店は、無駄に煩いから。


「あのう、篠崎さんを呼んでいただきたいんですが…」

「ち…ちょっと早苗…」


オーダーを取りに来た女性スタッフに、早苗が上目遣いで微笑む。


「はい…少々お待ちください」


まだ全然心の準備が出来ていないのに!


早苗はニコニコしながら、頬杖をついて奥に入っていったスタッフを見ている。


「あぁ!いらっしゃいませ」


「こんにちは」


白いコック服で出てきた篠崎さんは、私を見て爽やかな笑みを浮かべた。
初めて見るその姿に、私の胸は大きく音を立てて。


「お客様が呼んでると言われたので、てっきり料理のクレームかとヒヤヒヤしましたよ」

「すみません、忙しいところ」


篠崎さんは安堵したようで、早苗を見て目で私に訴える。


「初めまして。奈々の同僚の柴田 早苗です。奈々が親しくしていると伺って、どうしてもお会いしたいとお願いしたんです」


「そうでしたか。初めまして、篠崎です」


何だか恥ずかしくなって俯いた。


チャンスは今だ。

『奈々!』


早苗が小声で私を呼ぶ。

連絡先を書いた紙を早く渡せ、という副音声と共に。


私は息を飲んで。手の中で、少し湿った紙を篠崎さんに向けた。


「良かったら…」


「ありがとうございます…。では、ごゆっくりしていって下さいね」


篠崎さんの表情を見ることができなかったけれど。

全身の血液が、顔に一気に集中したかのように頭がぼーっとしてしまう。


今年いちばん、緊張したかもしれない。


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