虫の本
 ダーツ。
 投げ矢遊び。
 dartと言えば、投擲用の槍なども指す。
 その起源は、獲物を狩る為の原始的な射撃武器だ。
 この場合、的──いや、獲物とは俺の事。
 ゲームに使う物の何倍もあるような、巨大な針。
 当たり所によっては簡単に命を奪える、そんな凶器。
 天使に凶器はちょっと不釣り合いかなとも思ったけど、羽をあしらったダーツなんて刃物や銃器等に比べたら余程“それらしい”とも思える。
 明確な死を提示された事によって、俺の頭の中は再び動き始めてきたようだった。
 整理。
 由加、蘇生、命、天使、ダーツの矢。
 クリア。
「準備は良いな?」
「なあ。本当に俺と由加を助けてくれるんだよな?」
「約束しよう。必ずお前達二人を“再生”させよう──我が“再生天使リピテル”の名にかけて」
 名乗りをあげた天使は、自信たっぷりに頷いてみせた。
 綺麗な銀の長髪がさらりと揺れる。
 今や完全にその姿を晒している羽矢は、不思議な事に何の支えも無いにも関わらず、頭上に掲げた天使の掌の上に浮かんでいた。
 常識で考えればそれだけでも理解不能な現象なのだけれど、だからこそ“蘇生”という非科学的な現象に説得力を持たせている。
 吟味。
 由加の蘇生には俺の命が必要なので、天使がダーツの矢で俺を撃ち抜く。
 クリア。
「分かった、やってくれ」
「いいだろう」
 頭上に掲げていた右腕を、俺に向けて振り下ろす天使。
 同時にズドンと大砲でもブッ放したような音に大気が震え、弾丸のような速度で俺の額をめがけて羽矢が飛来する。 
判断。
 天使が放ったあの矢がこの頭を貫けば、間違いなくこの命はかき消えるだろう。
 後は俺が死んだ後に、天使が俺達を救ってくれる。
 クリア。
「由加……」
 死を目前にして、脳裏に由加の顔が浮かんだ。
 悲しそうな顔だった。
 そんな顔をしないでくれ。
 もうすぐ会えるから。
 天使が助けてくれるから。
 だから、そんな顔をしないでくれ。
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