虫の本
「嘘だ! 嘘だああああああっ!!」
「何を喚いている、愚者よ。手順は前後したが、お前の望んだ通り小娘は“再生”した。次はお前の番だ……そういう約束であっただろう?」
 そう言って、糞天使は再びにたりと笑う。
 冷や汗が額を伝い、俺は咄嗟に反論を試みる。
 ここで頷いてしまえば、後は一方的な虐殺が行われるのみなのだから。
「で、でもよ! 俺の命なんかが無くても、あんたは由加を取り戻してくれた。それで良いじゃねーか! 回りくどい手口で俺を騙したり、俺の命を奪ったり、そんな事をする必要がどこにあるんだ!」
「あるともさ。その方が楽しいだろう? 狩猟は楽しまなければならない。ひひひひひ」
「楽……っ!?」
「ついでに言うとだな、お前の頭脳は邪魔なのだよ。“失敗作”と遭遇した時の決断の早さ、そして“失敗作”とのやりとりで見せた理解力の高さ……片鱗だけだが見させて貰っていた。味方としてなら役にも立とうが、今しばらくは少々鬱陶しくもある」
 なあに、我は再生天使だ。後で“直”してやるから安心するがいい、と糞天使。
 その笑みがあまりにもサディスティックで、ざわり、と俺の背筋を悪寒が駆け上がった。
 彼の──いや、彼等の浮かべる笑顔が感情的に見えるのは上辺だけで、本質は無機質な物に見えたからだ。
 あの目は、俺の事を虫ケラ程度にも尊重する気が無い目だ。
 蹂躙し尽くす事に対し、全く躊躇のない目だ。
 彼等は残酷なのではない。
 人は食事を摂る時に、食べ物に感謝する事はあっても憐れむ事はないように。
 迷わず俺を消費するつもりなのだ。
 彼等は邪悪ではない。
 共存の意思など最初からありはせず、食う事が前提で姿を現しただけなのだ。
 ただ、食事の前に、ちょっとだけ“嘘”というスパイスで味付けをして楽しんだ、それだけに過ぎないのだ。
 奴は本気なのだろう。
 俺の命を持っていく事を。
 次に羽矢が放たれる時、それが俺の最期の時となるに違いない。
 死ぬな──
 由加の遺した言葉が、俺を奮い立たせた。
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