虫の本
 由加が“再生”とやらに同意を示したという事は、少なくとも由加の方は俺を蘇生させるつもりなのだろう。
 そして、その前に俺の命を奪う事にも決して否定的ではないようだ。
 蘇生した俺は、果たして本当に俺でいられるのだろうか。
 この由加のように、同じなのに違うナニカに変貌してしまうのだろうか──
「いいだろう、ただし質問は二つまでだ。それ以上は許さぬ」
 己の優位性を強調したいのだろう。
 あるいは、本当に俺に情報を与える事が面白くないのか。
 糞天使は俺の提案から質問数を一つだけ削り、ようやく渋々と承諾の意を示した。
「……ありがと」
 そう言って由加はこちらに向き直る。
 再び俺と、正面から目を合わせた。
 いつになく神妙な顔つきの彼女を見ていると、その言葉信じても良いような気になってくる。
 しかし、俺は心の中で自身に喝を入れ、情報収集に徹する覚悟を決めるのだった。
 俺は知らなければいけない。
 俺は打開しなければいけない。
 俺は約束を果たさなければならない。
 その為に、俺は奴等の一挙一動を見逃してはいけないのだ。
 足を怪我した俺には、逃げ場など無いのだから。
「私ね、実は県外の大学を受験する事に決めてたんだ。大樹は地元で就職するんでしょ? 滅多に会えなくなるはずだったんだよね」
 大学受験。
 ああそういう事か、と俺は理解する。
 別れよう、というのは確かに嘘だった。
 滅多に会えなくなるとなれば、今よりは疎遠気味になるのは仕方が無い事だ。
 例え、毎日電話で話したとしてでも。
 例え、毎日メールでやりとりしたとしてでも。
 それを突然告げたら俺がショックを受けるだろうから、だから彼女はよりショッキングな嘘をクッションにして、その後で俺に真実を告げるつもりだったんだ。
 真実を告げられなかったのは、赤髪の乱入のせいで話がうやむやになってしまったからである。
 やはりあったのだ。
 彼女の嘘には必ず理由があるのだ。
 別れ話の時に目を逸らした、その理由が。
「陸上、本格的にやりたかったから──でも、もうどうでも良いんだ」
 理由は明白。
 世界は無くなってしまうから。
 ワームとやらに飲み込まれてしまうからだ。
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