木曜日の貴公子と幸せなウソ


妻子ある人、しかもその妻子が不在中に家に入るなんて……。


「……何ですか、その微妙な不機嫌顔は?」


エレベーターに乗り込むと、先輩が私の顔を覗きこんできてそう言った。


「わかりませんか?私がこういう表情をしている理由が」

「……もしかして、また言っちゃう?オレが既婚者だって」

「またって……。ふざけないで下さい」

「ふざけてません。正真正銘、独身です」


私の肩に回した手を離して、先輩はポケットから財布を取り出す。

その財布から免許証を出して、私に見せた。

成瀬……邦章。

片山姓ではない。


「……ど、どういう事ですか?まさか、ここ数日で離婚したとか?」

「どういう発想だよ、それは。オレは最初から未婚だよ」

「さ、最初から?!何言ってんですか。先輩、私と会った時、自分は婿養子に入ったって……」


非難するように私が言うと、先輩はブハッと吹き出した。

< 189 / 207 >

この作品をシェア

pagetop