木曜日の貴公子と幸せなウソ
妻子ある人、しかもその妻子が不在中に家に入るなんて……。
「……何ですか、その微妙な不機嫌顔は?」
エレベーターに乗り込むと、先輩が私の顔を覗きこんできてそう言った。
「わかりませんか?私がこういう表情をしている理由が」
「……もしかして、また言っちゃう?オレが既婚者だって」
「またって……。ふざけないで下さい」
「ふざけてません。正真正銘、独身です」
私の肩に回した手を離して、先輩はポケットから財布を取り出す。
その財布から免許証を出して、私に見せた。
成瀬……邦章。
片山姓ではない。
「……ど、どういう事ですか?まさか、ここ数日で離婚したとか?」
「どういう発想だよ、それは。オレは最初から未婚だよ」
「さ、最初から?!何言ってんですか。先輩、私と会った時、自分は婿養子に入ったって……」
非難するように私が言うと、先輩はブハッと吹き出した。