アルマクと幻夜の月
「何だ……っ!?」
領主が声を上げて振り向くのと、バシャ、と、水音が部屋に響いたのは、ほとんど同時。
「ミナ……?」
窓辺に立ってうつむいたアスラに、領主はそっと声をかける。
ポタポタと、アスラの髪から滴り落ちる雫に気づき、領主はわけがわからず怯えの色を顔に貼り付けた。
アスラがうつむいたまま、ふら、と一歩前に出る。
硬直した空気が揺れて、そうして領主はようやく気づく。
アスラから漂う、生臭い――血の、匂い。
一歩、一歩。
ふらふらとした足どりで、しかし確実に、アスラは領主との距離を詰める。
「……く、来るな……来るなッ!」
領主は叫び、後ずさろうとして、尻もちをついた。
それでもアスラは止まらない。
少しずつ領主に近づき、やがて座り込んだままの領主の眼の前まで来ると、ゆっくりと屈み込む。
「……ひもじい……くるしい…………」
細い声でつぶやきながら、アスラは領主の首に手を伸ばす。
領主はもはや恐ろしさのあまり、声を出すことすらできなくなっていた。