僕を止めてください 【小説】




「東欧の…もう今は分裂してなくなった国だけど、そこのある街の警察署にあった古い現場写真らしいんだ」

 と、彼は言った。分裂前のクーデターや内乱が激しかった時代に警察署が銃撃されて、管理者も逃げ、荒れ放題になって物盗りが横行し、そこの資料室から盗まれた現場写真が流出してこんな本になったという。ロシアのウェブのブラックマーケットのオークションでたまたま出たものらしく、それを落札したのは猟奇的な趣味の本や動画や写真などを揃えているコレクター向けの裏サイトで、そこは彼の知り合いの店だと言った。
 
「僕の好きそうな本が入荷すると、連絡を入れてくれる。ちょろいお客さんだよね、僕は。でも、君に出会って、その本屋のオーナーの気持ちがちょっとわかった気がするよ」

 そんな話を聞きながら、僕はまた彼から画像の方に目を戻していた。6ページ目7ページ目と、白黒の画像は続く。死斑の浮き出た美しい凍死の遺体にも、水を吸って樽のようになってしまった水死体にも、僕は蕩けるような感覚を覚えた。腐爛屍体の剥きだした肋骨、焼死体の黒く糜爛した皮膚に、僕は陶酔し続けた。

 気がつくと彼が、少しづつ身体を密着してきていた。その意味が僕には最後までわからなかった。





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