僕を止めてください 【小説】
春休みだった。昼下がりに僕はひとりで町の郊外にある廃墟を歩いていた。
ひとり。
ずっとひとりだった僕は、佳彦と出会ってから、いつも誰かと居た気がした。だから今日は久しぶりのひとりだった。
廃墟は戦後すぐ建てられた公営の小さな団地だったが、老朽化して住めなくなり、そのまま放置されていた。4棟あるうちの1棟だけ屋上に出られる棟があり、僕はたまにそこに登ってぼんやりとするのが好きだった。フェンスの破れ目から入り、建物の中に入る。割れたガラスの破片を踏み、パキンと音をさせながら階段を上がる。土埃と砂の上に僕の足あとが付いていく。5階を上がって行くと、少し息が上がった。屋上に出るドアを開けた。
曇り空が一面に広がり、風がうすら寒かった。ダッフルコートのポケットに手を入れて、僕はドアの前の階段にうずくまった。錆びついたフェンスが風で震えている。土ぼこりとススにまみれたパラボラアンテナが何も受信しないまま放置されていた。
受信しなければ全ては静寂だ。だけど僕はいつの間にかノイズを拾うようになっていた。耳元で囁かれているうちに僕の鼓膜は震えることを覚えた。そしていまや僕は無音の音を聞かされるまでになった。
死神だな…おまえは…
僕はあれから隆のことをずっと考えている。いまだに好きかどうかなんてわからないのに。隆は深く罪悪感を持っているんだろうが、殺されかけたことも、殺してくれなかったことも、僕の心にある隆の印象を変えるものではなかった。考えはまとまらず、あちらこちらに飛んでいった。