僕を止めてください 【小説】
僕はあのとき、この期に及んで隆を死へと誘惑していた。もっと狂ってくれと。永遠はそこにしか無いと。あんなに永遠を望んでいる隆に、僕はその願いを叶えてほしいと思った。だが僕の語ることは死の世界の言葉だ。僕はその言葉以外持ち合わせていない。それが隆を幸せにするんだろうか。
たとえ僕のことをもう好きではなくなったとしても、友達として付き合っていくだけでも僕は隆の衝動を誘発する触媒になる。本当は自分から死ぬような人じゃない。嫌なことが長い間続きすぎて、疲れてしまったのだ。僕を好きになったのも疲れすぎてたからなのかも知れない。無意識に死に場所を探していて、死にたがってる僕を道連れとして選んだだけなのかも。
そうしたら僕は高校に入学したら隆にさっさと会って、気持ちが萎えたのを確認して、友達として付き合うという約束を反故にして、二度と逢わないようにすればいい。隆もそのあとを続けることを望んでいたわけじゃない。僕が可能性を見出して、それに賭けているだけのことだ。
僕はどこかで確実に感じている。死と呼ばれるものが僕を満足させていることを。そして生きていることがあんなに淋しいと。
誰もが生きることを称賛することを僕はいつも不思議に思っていた。でも僕は生きることが好きな人のことをやめろとは思わない。人が死に抗っているのはなぜかと僕は考えていた。それはもしかしたら僕が佳彦の誘いを断れなかった理由と似ているのかも知れない。寄生虫に似たものに快楽の根っこを押さえられて、それを貪るためにこの身体を維持しているとしたら。僕の嫌いな“熱”に潜むもうひとつの側面。あの焦燥に満ちた性感の渦。僕がもし死の静寂を知らなかったら…僕はあの焦燥に駆られて生きていくのだろうか? そしてあの淋しさを埋めようともがくのだろうか?
思い出すだけで、肉体の感覚が甦ってくる。扉が遠のく。僕は立ち上がってあたりを見渡した。錆びたフェンスから向かいの棟の割れた窓ガラスが見える。誰もいない。シーンとした無音の世界が僕の熱を冷ましていった。