僕を止めてください 【小説】



「仕事休んだって聞いてさ」
「あ…はい」
「ちょっと心配で掛けた。まだ職場だからすぐ切るわ、ごめんな。風邪か?」
「いえ…多分疲れてるだけです…自分のせいですから」

 今日事件でもあったんだろうか。幸村さんは僕が休んだことを知っていた。

「今日、遺体出たんですか?」
「うん、まぁな」
「…ごめんなさい」
「いいから休め。それより飯食ったか?」
「いえ」
「え…まさか一日?」
「ああ…はい」
「バカ。帰りに寄るからもう少し待ってろ。じゃあ、後でな」

 僕の答えを聞く前に幸村さんは電話を切った。これも責任…なのかな。そうであって欲しい。心が近づいてる気がして僕は胸が詰まった。そのせいか、更にずっしり身体が重くなった。これからの対応という回答から逃げてる僕を追撃するかのごとく、幸村さんがまた、逢いに来る。逃げられない。なんでだろう…

 それから1時間ぐらいするとまた電話が鳴った。

「下にいるけど、来れるか?」
「あ…はい」

 既にマンションの前まで来ている人を追い払うことも出来なくて、僕は“はい”と言わざるを得なかった。アプローチの前に長身の幸村さんが立っていて、その後ろにいつもの銀色のトヨタが停まっていた。僕がエントランスから出てきたのを見て運転席のドアを開け先に車に入った。窓から顔を出すと、呆れたように僕に声を掛けた。

「フラフラしてんなぁ…飯食いに行くぞ」
「あ…はい」

 ろくな返事も出来ず、僕は助手席に座らされていた。さっきから“あ…はい”としか言ってない気がした。それ以外に何か言えるような気もしなかったが。

「カツ丼食いてぇなぁ」
「またですか」
「なんか最近カツ丼だな」
「良く続けて食べられますね」
「たまに来るなぁ、流行りが。俺的な」

 前回の定食屋への道と同じ道を車は走っていた。顔を合わせたら、いつの間にか重さが消えていた。どうでもいい話を僕達は続けた。





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