僕を止めてください 【小説】
「違います…好きとか嫌いとか…わからないって何度言えばいいんですか…」
「嫌われちゃいないんだな」
「こんなこと、お願いですから何度も言わせないで…」
それでも幸村さんは、ものすごくホッとした顔をして大きく息をついた。これでホッと出来るなんておかしいと思った。
「嫌われてないならいい」
「ええ…それはない…です」
「じゃあ置いてくぞ、これ。元気になってくれたらそれでいいんだ。それ以上のなんの意図もない。変か?」
「変ですよ! 僕の気持ち、こんななのに…ここまでするの…変ですよ…僕にどんな期待しても…無駄なのに」
幸村さんははぁ、とため息をついた。
「見返りなんか、要らないぞ」
幸村さんはスッと立ち上がった。そして僕の頭に手を乗せた。
「岡本は、ちゃんと返してくれてる。だから期待なんかしてないさ。別に俺はこれで十分だっつーの」
「ありえない…僕は…なにも…してない…」
「また、カツ丼食いに行こうな。楽しかったぞ、今日も」
「うそだ…」
くしゃくしゃっと僕の頭を撫でると、呆然としている僕を残して幸村さんは一人で玄関に向かった。つまり僕の部屋にドリンク剤を運ぶためだけに幸村さんはパーキング代を払ってここに来てくれたのだ。僕は慌てて立ち上がった。どうしていいのかわからないまま、僕は追いかけて、そしてその背中から声を掛けていた。
「幸村…さん…」
「なんだぁ?」
幸村さんは振り返らずに靴を履きながら僕に聞き返した。
「僕のために…あの…ありがとう」
すると幸村さんはプッと吹き出して言った。
「ツンデレ」
「はぁ?」
「じゃあな」
ニッと笑って振り返った幸村さんがドアを閉めて出て行くまで僕は玄関に立ち尽くしていた。なにが起こったのかよくわからなかった。なにか起きたのか? なにも起きてないはずなのに、僕はなんだか足元からひっくり返されたような気分になっていた。
いったいぜんたい幸村さんは、僕からなにを得てるんだ…?
急に幸村さんが気が狂ってるんじゃないかと思えてきた。あんまり僕が思うようにならないから、とうとう頭が変になったんじゃなかろうか? からっぽの手の中に何かあるって思ってるの? それはマズいよ、幸村さん。幻覚とか妄想とかだ…だって、ないものは、ないんだ。
昨日に増してこれからどうしていいかが、今夜のことで僕には更にわからなくなっていった。