専務が私を追ってくる!
夜景のキレイな部屋は、本当は自分一人のために取った。
「最後の思い出」として、東京の街を眺めるために。
恋なんてするつもりなかったのに、まさか最後の日にこんな人と出会うなんて。
もっと早く出会っていれば、私の考えは変わっていたかもしれない。
だけどもう、今さら後戻りはできないのだ。
明朝未明、私は一睡もせずに体を起こした。
隣でぐっすり眠る彼が目覚めないよう、静かに身支度をして、クローゼットに収めていたキャリーケースを取り出す。
ホテルの床はカーペットだから、ガラガラ音がしなくてありがたい。
そして最後に、電話のそばにあったメモ帳に「ありがとう♡」としたため、静かに部屋を出た。
脱出は成功した。
しかし私はひとつ、大きなミスを犯してしまっていた。
酒に酔っていたせいか、それとも彼との戯れに余裕が持てなかったせいか。
昨夜自分が何と名乗ったかうろ覚えで、置き手紙に「ミカ」と書いてしまったのだ。
私が間違いに気付いたのは羽田に着いてからだったし、もう彼に会うこともない。
私を「ミキ」だと認識している彼は偽名に気付いて驚いてしまうかもしれないが、それも晩秋の思い出として、私の存在と共に忘れてしまってほしい。
私は東京最後の恋を胸に刻み、遥か西へ向かう飛行機に搭乗した。