キスから始まる方程式
今……何て言ったの……?
あまりにも予想外の一言に、翔を見つめたまま目を見開く私。
そんな私を見てハッと我に返った翔が、しまったというように口もとを手の平で覆い顔を背けた。
「あ……いや……その……」
「翔……?」
明らかに動揺した様子で口ごもる翔。
顔が赤くなっているように見えるのは、単なる私の気のせいだろうか? それとも……。
そうやってしばらく互いに口を閉ざし立ち尽くしていたのだが、ほどなくして小さな声で翔が呟いた。
「七瀬はほら……幼なじみ……だろ?」
―― 幼なじみ……
その言葉に、私の胸がドクンと音を立てる。
幼なじみと聞くと一見聞こえはいいが、相手に恋愛感情を抱いている場合は話は別。
昔の私にとってその言葉は、これ以上ないくらいに残酷なものだった。
“幼なじみ”という名の頑強な鎖が長年私の心をがんじがらめにし、結局その枠を越えて翔に近付くことも想いを伝えることもできなかったのだから……。
「だからなんていうか……とにかくその……心配なんだよ……」
私の想いも知らずに、なぜだか恥ずかしそうに言葉を続ける翔。
恐らく半年前の私だったら、先程の言葉に死ぬほど傷付いたことだろう。
けれど毎日翔に避けられ続け嫌われているとばかり思っていた私には、翔にまだ自分が幼なじみとして思ってもらえているという事実がこの上なく嬉しかった。
「ん……。わかった……」
「七瀬……」
翔の言葉で落ち着きを取り戻した私は、ようやく素直に好意を受け入れコクリと頷き返事をした。
その様子に安心したのか、再度翔が私の前でしゃがみ背中を向ける。
今度は私も何も言わずにおとなしく、そのまま翔の背中に身を預けた。