キスから始まる方程式
「よ~っし、到着っと」
いくらか疲労感が滲む声をあげながら、翔が保健室の机の下からイスを引き寄せる。
そして慎重な動作でゆっくりと屈むと、背中から私をおろしそのイスへと座らせてくれた。
「ったく大内先生、どこ行っちまったんだろうな」
苦労してようやく保健室まで辿り着いたはいいが、運悪く養護教諭の大内(おおうち)先生は不在だった。
特に先生が休みというわけでもなさそうなので、ちょうど職員室にでも行っているのかもしれない。
ふと翔に視線を移すと、言葉には出さないものの相当体がキツかったのか、首をコキコキと左右に倒しつつ、肩の付け根から腕をグルグルとしきりに回している。
よく見ると額からは私を助けに駆けつけてくれた時同様、滝のような汗が幾筋も顎へと伝い流れていた。
私、身長高いから体重もそこそこあるし……。ここまでおんぶしてくるの大変だったろうな……。
申し訳なさいっぱいの思いで翔を見つめる。
Tシャツの肩口の袖で頬の汗を拭う翔。
その妙に艶やかな仕草に視線を奪われ、おもわず胸がドキリと音を立てた。
やだ、私ってばなに今更翔にドキドキしてるの!? 桐生君以外の人にこんなのダメだってば!
慌てて翔から視線を外し、火照る頬を冷やすように両手でガシガシと乱雑にさする。
そうしてようやく落ち着いたところで制服のスカートのポケットに右手を突っ込むと、そこから赤い水玉のハンカチを取り出し、翔に勢いよく差し出した。