線香花火
祭りの夜に
* * *

 明日はもう、有給最終日。案外、立ち直るのは早かったように思う。それも全て、あと3メートル先でにこにこと待つ男のおかげだ。

「時間ぴったり。」
「この前遅れたし。」
「ちゃんと言い訳してきた?」
「聡太の家に久しぶりに行ってくるって言った。」
「そしたら?」
「聡ちゃんちのお父さんもお母さんも飲む人だから、付き合わされたらなかなか離してくれなさそうね~だって。」
「ふはっ。理解のあるお母さんだな。」

 全く能天気な母親だと言える。聡太との関係を疑ってもいない。妙な罪悪感が残っているのは娘だけというわけだ。

「じゃあ全く問題なく泊まっていけるな。」
「…下心。」
「ないとは言わないけど、でも、純粋に楽しみたい気持ちもあるんだって。祭りで線香花火、だよな?」
「抜かりないね。」
「澪波のことだから。」

 すっと繋がれた手はあまりにも自然だ。

「じゃあ、行くか。」
「お祭りなんて本当に10年以上ぶりかも。」
「東京の祭りには行かないの?」
「んー…あんまり。人混みが苦手だし。」
「じゃあ絶対離しちゃだめだからな。」
「え、何を?」
「手。離したら人混みに埋もれるから。」
「…っ、あのね!よくもまぁそんなに甘ったるい台詞をさらっと言えるわね!」
「え、今のって甘ったるい?」
「充分甘ったるい!そういう甘ったるい台詞に免疫ないんだからやめて!」
「なんで?」
「顔の制御ができないから!」
「…なるほどね。」

 手を繋いでいない方の指が、澪波の頬をつつく。触れた先に熱が集中するのを感じる。

「顔の制御、できてないほうが可愛いかもしれないよ、澪波の場合。」
「だから!ぜんっぜんわかってない!」

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