ためらうよりも、早く。
まるで見えない壁が出来たような錯覚まで起こり、一気に祐史が遠い存在に見えるから不思議だ。
ピリピリとした空気の中、おもむろに席を立った私はテーブルの脇に固定されたワゴンに向かう。
ここは個室ゆえに給仕がいない。何より、祐史が予め不必要なサービスを断っていたのだろう。
クリスタルガラスのピッチャーを持つと、すっかり空となっていた彼のグラスにまず水を注ぐ。
グラスに半分ほど水が入ったところで止め、ピッチャーとともに反対側に回ろうとした瞬間。
「ありがとう」と、さっきまでとは比較にならない冷たい声音が背中にピリピリと響いた。
席に着いてテーブルにピッチャーを置いた私は、淡々とその声主を見据える。
「女にさせるのを厭う柚希が珍しいね」
「ついでよ。女をかしずかせる男は滅べば良いと思ってるけれど」
「なるほど」
冷笑を浮かべながら視線を外し、今度は自分のグラスによく冷えた水を注ぎ終えた。
席に着くと、その水で素早く喉を潤す。やけに口が渇くのはきっと、いつになく緊張しているせい。
私がグラスを置いたところを見届け、祐史は少し水を飲んだ。これは私への感謝の意だろう。
どちらの手からもグラスが無くなったところで、真っ黒な瞳を射抜くように捉える。
ニコリ、と微笑を浮かべた祐史。テーブル上で手を組み、悠然としている様には苛立つが。