ためらうよりも、早く。
だって私たちはもう、三十路の仲間入りをする一歩手前。……良家であるほど、そういう話は事欠かないもの。
「あと5秒で水ぶっかけるわよ」
かれこれ1分は経っただろうか。自称・いらちな女としてはよく耐えた方だ。
怒りを多分に込めた抗議が届き、祐史は「あ、悪い」とあっさり目を開けて苦笑している。
「……ついでだから、これまでの鬱憤も言わせて貰うわ。
風船男の“モノ”を妹と共有した既成事実なんて、本当はどうでも良い。
けれど、こんな機会そうそうないし?遠い過去も洗いざらい綺麗に葬り去りたいのよね。
もちろん忌まわしい事実を招いた落ち度はあるし、過去を消せないのも承知の上よ。
それでも、納得するのと腑に落ちないまま心の片隅に残るのとでは、汚点の意味合いが180度違ってくるの。
――ここまでハッキリ言えば、自分勝手な男も黙るわけにはいかないでしょう?」
形勢逆転とばかりに捲し立てると、いつもは飄々としている男が固まっていた。
東条の部長を務める男の面持ちは消え、ただの桜井 祐史が呆然としてこちらを見ている。
その様子に至極満足し、ふふっと嘲笑ってみせるのもじつに疲れるものだった。
きっと困惑の色を滲ませる祐史の瞳は気づかないはず。……アンタのせいで心が痛いと感じていることなど。