ためらうよりも、早く。
しかし、結婚相手がいるヤツはさすがに後ろから手を回そうとはしなかった。
無情なほど、シンと静まり返った重い空気が包む。でも、私にとっては好都合だった。
すぅっと大きく深呼吸をし、内ポケットから取り出したハンカチで涙の筋をそっと拭う。
揺らぎの治まった視界はまだ油断大敵。幾らか重みを感じつつ、何度か瞬きをして涙を追い払った。
しずしず顔を上げた私が後ろに向き直れば、こちらを心配そうに窺う黒い双眸と目が合う。
一分一秒がこんなにも長く感じたことはない。ふぅとひと息つき、瞼を閉じてゆっくりと開く。
再び捉えた祐史の表情は、淡々とこの不可思議な状況に身を委ねているようだった。
とっても認めたくはないが、これはこの男なりの温情だと分かってしまうのが癪だ。