ためらうよりも、早く。
「え……?な、なに、よ、そんな怖い顔で」
「柚希が泣くからだ」
その理不尽な物言いに反論することも憚られていた。それはこれほどまでに冷たく苛立った声音は初めて聞いたせい。
返す言葉も見つからず、この場を逃げ出すことも叶わない。まさに四面楚歌である。
屈するように俯きかけると、不意に片手の拘束が解かれた。虚を衝かれて視線は再び、真っ黒な瞳に向く。
すると、ひとさし指の腹で目の辺りをそっと拭われた。
ぎょっとしたのも束の間、今度は顔を寄せて来て舌で頬をひと舐めされてしまう。
「なっ、何する……!」
狼狽しながら後退するが、いつの間にか腰に手を添えられており、ゆえに距離は保たれたまま。何ら意味のない反応をしたに過ぎず。
もちろんハグやキスに焦る女ではない、それをする相手が悪いのだ。
おまけに、「しょっぱい」と言って舌なめずりする、ド変態の悪癖をムダに垣間見てしまったではないか。